その酒は、半世紀ぶりに我が家へやってきた。
「いっぺん金鼓買うてきてくれんか。」爺さんの命日を前にした
年の瀬、父からそう頼まれた私は寒空の下、奈良の香芝へ
出掛けた。「金鼓」‥それは、爺さんが戦後呑んでいた酒だと
聞いている。
 爺さんは大の酒飲みだったらしい。生前の姿は知らない。
戦前、海綿を漂白する事でひとやま当てた爺さんは、いつも
「菊正宗」の四斗樽を買って楽しんでいたという。
 「呑み口をキッキィといわせて片口に注いで‥その音は未だに
頭から離れんなぁ」と父は話す。羽振りが良く面倒見も
よかったそうで、夜な夜な多くの人が爺さんのところに
集まったのだとか。なかには「灘の生一本」目当ての人もいた
だろうが、みんなと楽しくやっていたに違いない。
それにしても四斗樽で酒を買うとは、相当な酒飲みだったの
だろう。
 戦禍が激しくなり、海綿の輸入も滞り、やむなく廃業、そして
終戦。その後も色々商いを試みた爺さんもいつしか隠居の身と
なった。父は酒飲み爺と性分があわず、彼を嫌い、酒を嫌った。
そんな爺さんに当時の高級酒、灘の生一本を呑むことが
許されるはずも
なく、田舎酒の二級、これをちびちびと
やっていたらしい。その酒が「金鼓」だったという。
 駅を降り、雪混じりの風が吹く中を迷いながら半時間ほど
歩くと、「キンコ」と書かれた煙突が見えた。蔵うちで
しばし話をしているうち、爺さんはただの酒好きというより、
「通」だったのではと思う話を聞いた。それは、この蔵が
今も昔も菊正宗に負けず劣らず、手間と時間のかかる
伝統的手法で醸しているということだ。
そうか、爺さんは限られた小遣いの中でキクマサ似な酒を
探し出したのか。酔う酒ではなく旨い酒が呑みたかったんだ。
たとえ二級酒でも。
 少し暖かい気分になって帰宅の途についたもののあまりの寒さ。
「これ飲んでぬくもろ。」と栓を開けラッパ飲みした。
「旨い‥ホンマに旨い。」
やはり爺さんが選んだのは隠れた名酒だったんだな。
 
隔世遺伝。私も酒飲みに育った。しかもやはり爺さんと
同じく、口が悪い。父は彼のことと同様、私のこともけむたく
思っているに違いない。
そんな父も最近「せめて金鼓の一級酒を呑ましてやったら
よかったなぁ」と言うようになっていた。
 私が生まれたとき、すでに他界していた爺さん。
酒好き仲間というだけで、私は彼を美化している。
大きな男だったと想像する。
仏壇に金鼓の上級酒を供えながら
「四斗樽で酒を買う豪快さはわしにはないわ」と、ひとりごちた。
商才と器の大きさは「隔世遺伝」とはいかなかったようだ。










profile 西川克二
1962年生まれ、写真家。
今夏、このコラムに掲載
された写真を含むシリーズで
7度目の個展を開催。
会期:7月17日(土)
    ~8月10日(火)。
詳細は横浜の
『ギャラリーパストレイズ』 電話
045・661・1060まで。
(撮影・文)
 クリエテ関西発売“あまから手帖”2004年4月号より転載
※発売時(2004年春)の内容をそのままテキスト化
したものです

「金鼓」:全国新酒鑑評会で数回の金賞受賞を果たしてきた
奈良・香芝の名酒。
吟醸酒には速醸酒母も用いるが、それ以外は普通酒に至るまで全て
山廃酒母で仕込んでいる。
諸般の事情で3年間休造していたが03年の冬から仕込みを再開。
82歳になる但馬の井谷恒雄杜氏も現場復帰し、後継者育成にも
尽力している。
   
   奈良の地酒 金鼓/大倉 


 
 
 
 
 


 
   
   
 
 
 


 
 


 
 


 
 


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